義母が死去・その後・・第58話
要約
義母が亡くなったので、これからは老齢の自分をどう生かしてゆくかなど、考えてみたいと思います。よろしくお願いします。
本題
義母が亡くなって約5ヶ月が経ちました。いまでも夜中にトイレに行くと、ふと、義母がそこにいそうな気がします。夜中、ときどき義母とはバッティングしたものです。そのときは、自分の選んだタイミングの悪さを呪ったものです。
当時は私の親のときと同様に、逃れられない介護生活がストレスでした。実際は家内がやっていたにもかかわらず、家内にそれを押しつけていた自分にジレンマを感じていました。そして、利己的な観点から義母を嫌悪してしまう気持ちがあったことは事実でした。
でも、いざ義母が旅立ってしまうと、夜中のトイレでのバッティングが懐かしくさえあります。これもまた、私の両親のときと同じくです。都合の良すぎる手前勝手で環境適応的な感情ですか・・並の人間と言うことでしょうか・・いや、並以下なのかも。
そして、次は我々の番かなと、ごく自然に考えもしています。最近、死ぬことが若いときのように、怖くはなくなっているように感じています。多分、年をとってそれに対しての感性が鈍くなっているためだろうし、長い間生きてきたせいで、老化によって脳が活動停止準備みたいな信号を出すようになったためでしょうか・・。
要はこの世からどのように消えて亡くなるのか、つまりどのような経緯を辿ってなのか、どのようにスイッチオフできるのか、するのか・・などとたまに考えたりしています。
第58話を有り難うございました。
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